私は私が見たい世界を見ている

今日もお越しくださりありがとうございます。


今日は仕事のあと、複数人でご飯を食べに行ったんです。


たわいもない話から仕事の話まで様々な話で盛り上がりました。


どこにでも出てくるのが、人間関係。
色々な人がいるから、ぶつかることや相性が悪いとか色々ありますよね。


昔から一つ疑問に感じているのは、
私はあまりそういったことに巻き込まれないんです。


だから色々な方の話を聞いていて、ビックリすることが多くあります。


え、そんなことあったの?とか、
その人そういう人なの?とか。


全然関与しないところにいるんですね。
例え、普段一緒にいたとしても。



なんでなんだろう?とよく考えるのですが、ずっと思うことは、きっと波動があっていないんだと思います。


類は友を呼ぶ。なんてことわざがありますが、まさに自分と似た波動の人や心地よい人と、自然に一緒にいたくなります。


波動に高い、低いがあるのかはよくわかりませんが、どちらが良いとか悪いとかではないと思うんです。


ただその人がその体験をしたいから、その環境にいるだけだと思うんですね。


つまり、自ら見たい世界を見ている。



それは周りから見たら、『なぜわざわざそちらに行くのだろう?』と思うこともあります。


周りから見たら、可哀想だということでも、本人にとっては必要だからその体験をしています。


そう考えると、可哀想なことなんて何もないし、むしろそう感じる自分をおこがましく思います。


私がそういうことに巻き込まれないのは、多分私には必要のない体験だし、望んでいないからだと思います。


自分が今どのステージにいるかは、周りの人を見回してみるとよくわかります。
周りの人は、自分の鏡ですからね。

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